内科
この項では、西洋医学的な腎臓と漢方医学的な腎臓の差異を明らかにするとともに、従来より腎臓疾患に適応とされる漢方処方を挙げ、かつ、西洋医学的にもその有効性が認められている漢方処方を紹介します。
また、泌尿器系疾患に対する漢方の有用性も紹介し、
最後に通常の利尿剤と漢方でいう利水剤の違いを説明いたします。
<腎臓疾患における漢方>
始めに腎臓は体内の水分を調節し尿を産生することにより、老廃物の排泄や電解質、血圧の調節を行ない、また、造血ホルモンを分泌し血液の産生を促し、ビタミンDの活性化から骨の産生にも関わる臓器である。
これまでも漢方的に慢性腎炎に対し駆瘀血剤(くおけつざい)の当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)や 桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)、補腎剤の八味地黄丸(はちみじおうがん)や 慢性腎不全に対する温脾湯(うんぴとう)や補中益気湯(ほちゅうえっきとう)、また大黄剤の有効性が期待されてきた。
西洋医学的な概念でも漢方の適応とされるのは、免疫学的異常も関与していると考えられる慢性腎炎症候群(ネフローゼ症候群)であり、小柴胡湯(しょうさいことう)、 柴苓湯(さいれいとう)、柴朴湯(さいぼくとう)などが有効とされる。
特に柴苓湯は抗炎症作用、ステロイド様作用、免疫抑制作用がみられ、 小児の巣状メサンジウム増殖を示すIgA腎症のランダム化比較試験でその有効性と安全性が証明され、 2007年7月の小児IgA腎症治療ガイドライン1.0版において軽症例の治療指針で リシノプリル(アンギオテンシン変換酵素阻害薬)と並んで第一選択薬として収載されている。
また、近年、黄蓍(おうぎ)による腎一酸化窒素合成酵素(NOS)発現抑制効果で
腎糸球体硬化の進展抑制が示されるなど腎不全遅延効果の研究もされている※1。
漢方薬の副作用
一方、漢方薬の副作用として、甘草含有処方(特に高齢者や利尿薬との併用例)では、
偽性アルドステロン症による低カリウム血症や浮腫、血圧の上昇には注意が必要であり、 特に柴胡剤による間質性肺炎や肝障害なども注意が必要である。
今後も幅広い研究や治験の集積による腎疾患に対する漢方の有効性が期待される。
また、透析患者さんにおける諸症状に対する漢方は有用性が高く、 糖尿病性腎症由来の疼痛・しびれ感などに対する牛車腎気丸(ごしゃじんきがん) ※2、慢性の皮膚瘙痒症への当帰飲子(とうきいんし)の有用性が知られている。
この場合、カリウムの上昇はほとんど見られないが、患者さん個々の管理の問題や 滑石のアルミニウムなど鉱物資源由来成分には注意をしておくべきであろう。
漢方における腎臓の概念
一方、漢方における腎臓の概念は五(六)臓六腑より由来したものであり、 前記の西洋医学の腎臓とは一致はしておらず、
①成長・発育・生殖機能を司り、 ②骨・歯牙の形成と維持にあずかり、 ③水分代謝を調節し、 ④呼吸を維持し、 ⑤思考力、判断力、集中力を保持する機能単位 と考えられている※3。
また、生命パワーを貯蔵する臓器としての概念もあり、一般的にいう加齢現象との 関係が示唆されることから関節や眼(半分は肝)、耳、泌尿・生殖器疾患との関連が考えられ、 代表的な腎臓の処方薬としては八味地黄丸が挙げられるが その他、腎虚(じんきょ)や水毒(すいどく)の処方が頻用される。
また、泌尿器系の異常として頻尿や慢性の膀胱炎などに対して 猪苓湯(ちょれいとう)や猪苓湯合四物湯(ちょれいとうごうしもつとう)が有効であり、 腹圧性尿失禁や切迫性尿失禁に対しても証による治療により効果を得ている。
利尿剤と利水剤の違い
最後に西洋医学における利尿剤と漢方における利水剤の違いについて、 利尿剤は単に尿量を増加させる薬物という意味で、
これに対して、利水剤は体内の水分の偏在を調節し、過剰な水分であれば体外に排泄させ、 逆に脱水であれば体液保持に働くこともあるありうる薬物という意味で用いられる。※4
松田 弘之
※1 豊田一恵,富野康日己,他:5/6腎摘腎不全モデルにおける生薬オウギ(黄蓍)の
腎一酸化窒素合成酵素(NOS)発現抑制効果.順天堂医学57:387-394.2011.
※2 松田弘之:漢方と最新治療,8 (2) :165-170,1990.
※3 寺澤捷年:症例から学ぶ和漢診療学.医学書院.83-85.1995
※4 松田邦夫,稲木一元:臨床医のための漢方[基礎編].カレントテラピー.197.1989