高年齢社会に於ける漢方治療の役割 / 石川 友章先生

高年齢社会に於ける漢方治療の役割

はじめに
21世紀を目の前にして我国は少子化と高年齢化が急激に進んでいる。 一方ここ20数年間において、社会環境の変化はめまぐるしく、それにともない疾病構造もまた変化をきたし、従来通りの対応では処理できなくなってきている。

例えば気管支喘息は若年発症例が多く、小児喘息と云われていたが、これは小児期に発症すれども成人すればほぼ治ってしまうと思われていた。 アトピー性皮膚炎も然りである。 しかし、昔と異なり、成人期でも治らず、なお難治化傾向にある。 これはとりもなおさず青少年の体力の減退化を意味するものである。

他方、人口の高年齢層の増加は加齢による体力の減退と多病化を意味するばかりでなく、必然的にその人々を介護、看護する労働力の増加を必要とする。 このような変化は保険医療制度の下で人口構成の変化と相俟って保険制度を維持する費用負担の面で大きな問題となっている。

 

代謝患者の増加
戦後50年余経ち、戦後には見られなかった肥満症、高脂血症、糖尿病、痛風、脂肪肝と言った代謝疾患が増えてきた。労働過重とそれに伴うストレス、それに随伴する過食、飲酒、運動不足、等の悪化因子とストレスから惹起される不眠や不安が生活環境を損ね且つ疾病の誘因となっている。

西洋医学の進歩は薬剤投与の多様性と検査方法の精密化、医療機器の進歩に拠るところが大きい。 この様な進歩は、勢い医療費の増加の要因に成っているが、西洋医学の本質に関わるもので一概に否定は出来ない。 このような状況の中で漢方治療がどの様な役割を果たしうるかという事を考えてみたい。

 

漢方は治療イコール予防医学
国民全体が健康で幸福な生活を営めれば一番良いのであるが、現実にはそう言う訳には行かない。 特に最近は若年者に虚弱化が目立ってきており、易罹患性と云っても過言でない者もいる。

ある患者は1月に8回以上来院する。 見るからに虚弱で体重も40kgを切っており、胃下垂で、年中風邪を引いている。 訴えは多彩であるが、全部が精神的な背景からは来ていない。 腹痛がある、下痢をした、頭が痛い、眩暈がする、寒気のある風邪を引いた、熱が37.8度出た、肩が凝る、歯が痛い、膀胱炎になった等々と言ってくる。 その度に脈を診、腹診をして、精神的なものを除外して投薬する。 精神的なものはムンテラで治れば投薬はしない。

しかし、この患者は風邪でも1ヶ月の内に全く違ったタイプの風邪を何度も引くのである。 1日で治ってしまう風邪でもやはり1日分は必要である。 なぜならば鎮痛解熱剤はすぐ胃をやられてしまうし、抗生剤はアレルギーが出る。 このような患者は、西洋医学の治療ではすぐに副作用が出てしまう。

 

いかに少量の薬剤でいかに効果的な治療を施すか
そこへ行くと漢方治療の特性はいかに少量の薬剤でいかに効果的な治療を施すかと言うことにあります。 この思想は薬物を自己規制して使うと言うことであり、保険で制限とする8剤を越えることは先ず無いと言っても過言ではない。 しかし治療を的確に行うには、薬剤の使用はあくまでも医師の裁量に委せるべきであると思う。

家庭医をしているとなんでも持ち込んでくる。 自分としては漢方医と言う専門医のつもりでいるのだが。 ここで大切なことは、それでも昨年よりはこの患者は体力が付いてきたと言う事実である。 稀ではあるが3年、5年、10年と飲ませないと体力が付いてこない場合もある。 しかし大概は3~6ヶ月飲む内に体力が出てきて、風邪も引かなくなってくることが多い。

風邪は万病の元とも言われているが、ウイルス感染が成立してしまうような状態は健康ではない訳で、易感染状態にならないことが予防医学の第一の眼目であると思う。 当に治療イコール予防という漢方治療の側面はQOLにとって重要な意味を持つものである。 このことは日常診療で年寄りが虚弱でなくなり、段々と元気になり、夜間頻尿が取れて、足腰がしゃんとしてきたりすると言う症例は実に多いのである。

 

虚弱に対する漢方治療が医療費を救う
ある県の厚生統計によると、65才以上の高年齢者の3.3%は寝たきり老人であり、約18%が社会生活を十分に営めずに、入退院を繰り返していたり、入院中であったりしているとのことである。 これは一概に老人だけに当てはまる現象ではなく、前述したとおり、一般成人にも虚弱化は見られるのである。
しかし、加齢と言う現象は避けて通る訳にはいかないが、さりとて虚弱老人をそのままの状態に置いておくことも、そのまま進行することを傍観している訳にもいかない。 虚弱老人をいかに健康老人に引き上げるか、どの様にして虚弱化を防ぐかということが今日的な課題であるからである。

老人病院でアルバイトをしたことがあったが、夜間譫妄の患者が10数人いた。 何とかして下さいと看護婦に頼まれて、漢方的な診察で方剤を決め、夜間譫妄が取れた事があった。 又軽い痴呆症に漢方薬が有効であった経験もある。 老人の治療に当たって留意すべき事は、疾病に対しての抵抗力が弱く、その上多くの疾患を持ち、しかも慢性的な疾患の場合が多い。 従っていかにバランスを崩さずに治療するかという事とQOLの維持及び向上に努めるかという点が大切である。

漢方治療には補剤と言う西洋医学にはない概念があり、それを用いることにより、老人の全身的な活力を高め、疾病に対する抵抗力を養うのである。 また胃腸の消化吸収力が低下しやすいので、この機能を高めることにより、胃腸の働きが良くなり、消化吸収力が盛んになる。 それによって精神活動が活発化し、免疫力が高まるのである。

 

漢方薬は1剤で色々な症状が改善されてくる
例えば有名な「八味地黄丸」では腰痛、夜間頻尿、前立腺肥大、膀胱炎、インポテンツ、糖尿病、夜尿症、白内障、足腰の衰弱、老人の疲労回復、腎炎、高血圧症、難聴、坐骨神経痛等の治療に用いられている。 このように多臓器疾患のありがちな老人には有効であり、このような機能の賦活化作用は西洋薬には見られないものである。

人口比率では約20%の老人が50%を占める医療費を使っているし、年々増加の一途を辿っている。 この老人の罹患率を数%でも減らすことが出来れば数千億円の医療費を削減することができるに違いない

 

漢方製剤の保険医療からの削除及び保険負担率の変更は本末転倒
漢方製剤の医療費に於けるシェアは約2000億円足らずで、1社が出している高脂血症治療薬とほぼ同程度であると聞くと驚きと共に漢方治療に対する認識を高め、より漢方治療の普及を盛んにしなければならないと思う。 なぜならば補剤をもっている漢方治療が唯一老人問題を解決していく糸口となるからである。

そう言う意味で厚生省は、積極的に漢方製剤を老人医療対策に用いるべきで保健医療から漢方製剤を削除したり、負担率の変更を考えるのは本末転倒ではなかろうか。 漢方製剤に対しても、生薬に対しても新しいものを認めていくという方向を打ち出すことが大切である。

尚現在漢方製剤で認められているにも関わらず生薬では保険適用になっていないものもある。 治療の範囲を広げ治療の範囲を広げるという意味から行っても早急に認めて欲しいものである。

 

おわりに
漢方製剤は便利で使いやすいが、その原料である生薬は年々値上がりしており、化学合成品と異なり天然品から造られている。 当然生薬は限りあるものであるから大切に利用しなければならない。 日本の伝統医学である漢方医学には治療と予防と言う両面があり、これからの高齢化社会に不可欠な治療法であり、長い目で見れば大幅な医療費の削減に貢献するものと考えられる。

 


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