季節がもたらす恵みと災い/ 久能 治子先生

一年における春と秋は、天文的に見れば夏至と冬至に至る長い変化の時期です。

お彼岸までは、三寒四温。季節はゆっくりと移りかわるため、うららかな「春」を享受できるのは、意外に短い期間です。

それでも春は六淫「風・寒・暑・湿・燥・火」のうちほとんどが軽い、過ごしやすい季節なので、「春の不調」についてもあまり自覚されていないと思います。
ただ春の「精神高揚による疲労感」を念頭に漢方を処方するならば、柴胡剤中心になるのではないでしょうか。

その手掛かりは、「春眠暁を覚えず」です。
私の若い頃は、この言葉を「布団が恋しい冬が終わっても、身体がすぐには順応できない」と解釈していました。

実は「体は疲れていてストレスでもないのに交感神経が活発化しすぎて頭がさえて寝つきが悪く、なかなか熟睡できない」という状態のことだそうですね。

「季節性感情障害(Seasonal Affective Disorder:SAD)による睡眠障害」という病名が日本ではほぼ冬季うつ病のことを指すため、春には回復しむしろ軽躁状態になることがあります。
改めて思うに、世界的にも睡眠時間が少ない日本人ですので、「春の睡眠障害」は見逃され易そうです。

保険適応名に不眠症と書いてある漢方処方は多くありません。
初心者であれば、まず鑑別に上がるのは酸棗仁湯、加味帰脾湯、抑肝散加陳皮半夏。

以前に参加した勉強会で、精神科の医師より「酸棗仁湯は私の患者さんには効かない。なぜでしょう」という意見が出たことがありました。
その時は「精神科の患者さんは難しいのでしょうね」と、明確な結論がないまま終わったことがあります。

その後は私も臨床経験を重ねたため、精神高揚している不眠症の方には黄連解毒湯の方意を含む処方、鬱傾向の方や情緒不安定の方には柴胡剤、まだ補陰の必要がある場合は参耆剤など、「不眠症」ではなく「なぜ精神が眠りにつかないのか」という疑問に対して選択肢を増やしていくことになりました。

五行学説によると春は「肝」と関係が深い季節。春の現象は「風」、変化。
冬は「腎」で現象は「土」、意味は『固めまるまる』安定。

寒さに耐えてさまざまなものを蓄える冬の時期を終えた春は、本来体内でふくらんだエネルギーを成長や活動に使用する時期なのですから、のびのびと体を動かすのが自然な動きです。
成長や活動に使用できればなによりですが、方向性を間違えばどうなるでしょう。

特に初期の気候変化は寒暖の差が大きく、自律神経を安定させるためには、前もって脾胃を整えておかなければなりません。

ただ「肝」は精神をつかさどる器官なので興奮状態を招くこともあり、それが過ぎると「脾胃」を弱めることもあります。
不調に導かれないようにするには、気を「整え」、正しい方向に巡らせてバランスをとる必要があります。

いうなれば春に雪解け水が川になる。水は温んでひとあめ毎に花の芽がふくらみ、木々が茂り、生き物が活動をはじめ、気候が穏やかになる時期。

それでいて川の流れが激しければ水害になる。それに対して堰を作って流れを作ることで氾濫を防ぐ。水路に水が少なすぎるようであれば支流を作る。地質がやせていれば土砂崩れにも気を付ける必要がでてきます。

春先に悪化した精神症状「木の芽どき」に柴胡剤が治療に役立つと考えるのは、「肝」について疎肝の作用のためです。また「肝」を導く「心」を補う処方として、黄連解毒湯などの芩連剤も鑑別に挙がります。

山の高さも川の流れも、そして気候による変化も自然の流れはそれぞれ違うために、治水工事は昔から最も大事な施策と言われてきました。

体質改善と私たちが俗に呼ぶ治療も、身体機能を強化させるためのものなのです。

精神疾患だけではなく、PMSや更年期障害など自律神経がかかわる病態は、とかく基礎疾患として気候の影響を受けやすいため、漢方だけでなく養生が大事です。

去年はコロナ禍で医療機関への受診が減る中、精神科・心療内科の外来患者さんだけは増えていたとお聞きします。

「コロナ鬱」「コロナ太り」の方も多いと思いますが、季節は巡ります。倦怠感など体調不良があって不調だからと安静にしていたら、却って治癒が遅れることも考えられます。

そして重度の鬱の方であれば、回復期の自殺企図も留意するリスクです。

春には自分の感情を客観的に把握する努力をして、気分を明るく保つ工夫をし、旬のものを食べ、運動で効率よくエネルギーを発散させることがそのまま対策になるかもしれません。

どうぞみなさまお疲れが過ぎないよう、しっかりお眠りになりますように。

 


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